バナナが嫌いなだけです。
バナナがどれだけ栄養価が高く優秀な存在なのかは知っております。それとこれとは別なのです、嫌いなものは嫌いです。
何回か言ってると思うんですが、私読書が苦手でして
幼少期に読書を強要されてやになったとかじゃなくて、まじまじのまじで行を追えないのよ。
文字がなんかぶれて。次の行にスラスラ進めないので、本当にただ苦手なんですね。
多分スラスラ読めたら好きなんですよ読書
心地よい語感とか好きだし
(自由律俳句とか好きです。高校生の頃又吉さんとせきしろさんの本買って当時珍しくすごい勢いで読み終わったもんね。確か今年新刊出てたからそろそろ買おうかな。忘れてなければ)
ただ学生時代よりいくらかマシになったので本当に気が向いた時そろそろ読んだりしてるんです、で、半年以上前に買った文庫本を最近やっと読み始めて。
京都が舞台なんですけど、
京都、実際には2回くらいしか行ったことないけどその本読んだ日の夜夢の中でちゃんと自分が京都にいて
あ、こんな子供みたいな夢へのつながり方って未だにできるんだ。って思って。
思っただけです。
本をたくさん読めたら、きっともっと面白い日記が書けたんだろうな。
読書量が半端なさそうな人の話の仕方とかに憧れる
けどそんな人が書いた歌を聞くだけでその読書量を少しいただいた気になれるのでちょいとお得(虚しい)
病院を探す手間とか金銭面で渋ってるけど、そろそろ本気でADHDの検査を受けておきたい
たま〜に読書をしたり(して、アアッやっぱスラスラ読めねえなと悲観)するたびに幼少期からこれまでのポンコツエピを想起して
もしかして?いやいや、まさか、いや…?
常々感じる生活のし辛さとか、数字に対してあまりにも弱すぎるとか仕事での突然のポンコツミスとか、階段降りるのが急に下手くそになるとかこれがただの自分の怠惰からくるものじゃなかったら?ただの根暗じゃなかったら?性格じゃなかったとしたら?と悶々としてしまうのです。(基本的には自分の努力不足と自負しておりますのでご安心ください。いや、自負すんなよ)(下り階段に至っては運動不足では?)
病名がつかなかったらつかなかったで安心して変わらず時々嘆くタイプのポンコツでいるでしょう。
結構こうやって心配してること案外そうでもない事多いしね。
ただもし自分が本当にそうだったらどうなるんだろ、ビビってるけどめちゃめちゃ気になっています。
一番怖いのはADHDの検査で行ったのに鬱です!と言われることなんですけど。
どーしよっかな。結構適当。
ただこれこそ今だからこそ動ける事というか。向き合える事というか。
遥か昔に診てもらうべき絶好の機会があったんですよ。そう、高校生時代なんですけど
学生の頃は親が保険証持ってたしお金もないしで行けなかったのです。
親からしてもどう考えても娘おかしいだろって状況だったんですけど断固としてそういう系統の病院には連れて行かなかったですね。
ひたすら内科外科。胃カメラ飲んだもん。めっちゃ綺麗だったよ高校生の私の胃。笑
まあなんとなく抵抗あるのわかるけどね。
だから私もどうしようかなって感じなんですけど。
おいおい!なーんもなかったやんけてめえの怠惰だわ!チャンチャン!で以後不安を抱える頻度が減れば良いな…
それでは(放り投げ)